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叙述トリックに気づいても真犯人が分からない『ハサミ男』

殊能将之 / 講談社 (2013/7/12)

あぁ、面白かった…。ある人物を殺そうと狙っていた主人公が、他の人物によって目的の人物を殺されてしまい、さらにその遺体の発見者となる事から始まるストーリー。主人公はメディアから「ハサミ男」と呼ばれており、既に2件の殺人をしている連続殺人犯。まだ捕まっていない。主人公は3件目の事件を起こそうとしていましたが、それを「ハサミ男」の模倣犯によって行われてしまいます。真のハサミ男は第一発見者として警察と接触しながら、その模倣犯を突き止めようと自ら調査していく、というストーリー。

読んでる最中は警察の手が主人公に迫る緊迫感があって読むのが止まらないです。主人公だけでなく警察ももちろん事件のことを調査しているので、主人公と似たような事を調べています。真のハサミ男だけは事件が模倣犯の犯行だと分かっていますが、警察は今回の事件を真のハサミ男が起こした事件だろうと疑っています。

この「犯人が模倣犯の目撃者」というストーリーが本当に面白い。これだけで私は興味を引かれてしまいます。真のハサミ男は真犯人を突き止めたらどうするのだろうという疑問もあって、どんどん先へと読み進められました。ただ序盤は衒学的な面もあり、やや冗長な感もあります。でもひとたび事件が起こってさえしまえば、そこからはすらすらと読み進められました。

今回も叙述トリックには見事に引っかかってしまいました。もっとゆっくり読めば、…各章ごとにもう少し今までの事を振り返りながら読めば、もう少し叙述トリックに気づけたはず…。たぶん。でも振り返るよりも早く先を読みたいと思ってしまい、少し違和感があってもそれをもやもやさせたままで読み進めてしまいました。ストーリーに引き込まれてしまったのです。当然ですが、先に読み進めれば小説が自動的に真相を語ってくれるのでそれに任せてしまいました。

終盤に入ったあたりで叙述トリックの種明かしに入ります。この場面で、今までの出来事とうまく整合性が取れなくて「あれっ、どうなってるの」としばしフリーズ。ここでやっと種明かしの始まりの少し前まで振り返り、たぶんこういうことなのだろうと予想してから読み進めたところ、さらにもう一段回騙されていました。お見事

この小説では「叙述トリック」とはこういうものなのかと深く感心。Wikipedia で読んだ「本格派推理小説」のルールはしっかり守られていて、その制約の中でうまく文章が書かれています。実のところ、この小説で使われている叙述トリック自体はありふれたものなのでしょう。でも私は気付かずに騙されました。

読んでいてちょっとおかしいなと思った場面がいくつかありましたが、「そういうものかな」と思ってあまり疑わずに先に進んでしまいました。その違和感は後になって種明かしによって明快にされ、「あの時もう少し考えていれば、もしかしたらトリックが見破れたかもしれない」という心残りに。しかし、事件の真実にたどり着くにはもう1枚のベールがあり、もう少し考えていても私にはそれを剥ぎ取ることはできなかったことでしょう。

叙述トリックを見破るヒントは早くも序盤にもいくつかあります。その一つはヒントというよりも、どの小説を読むうえでも読者が必ず考えるような事であって、ここでは読者にその考えをさせないように書かれています。今読み返しても感心。

他のヒントに関しては、やや不自然というか、私は警察の捜査の仕方に詳しくないので「どういうことかな」「そんなものか」と思い、あまり考えないようにしていました。警察界の常識のようなものかと…。警察に詳しい人はもしかするとその部分で強く違和感を覚えられるのかもしれません。

この小説の上手いところは、叙述トリックに気付いても犯人が分からないところ。叙述トリックさえ解けば事件の犯人も真相も分かってしまうかというとそうではないのです。(「十角館の殺人」がやや直球だったのでこう書いていますが、本当は叙述トリックを見破れば犯人が分かる小説の方が少ないのかも。)推理小説としては、やはり探偵のように事件を推理し、真犯人は叙述トリックの指摘ではなく推理によって導くのが理想的。ただ、そのように導けるだけのヒントが小説中にあるかというと、ちょっと少ない気がします。

この小説は推理小説ながらドラマ性が高いストーリーでした。事件の推理よりも真相を追っていくドラマを楽しめました。サスペンス要素もあり、私が好きなタイプの小説。所々笑える箇所もあり、メディアや警察などへの風刺もあり、中盤以降は先が気になって仕方がなかったです。

快楽・連続殺人犯が意外にも普通の人間として描かれているのも風刺的。確かに実際にこんな感じなのでしょう。殺人以外の場面の、仕事などの日常の生活はこんな感じでなければ社会には溶け込めません。殺人犯はみんな狂っているという固定概念を崩してくれました。

またこんな小説に出会いたい。

殊能将之 / 講談社 (2013/7/12)