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叙述トリックによって二度は読む必要がある『イニシエーション・ラブ 』

乾 くるみ / 文藝春秋 (2012/9/20)

叙述トリックが良く出来ているとして有名な小説らしいです。本の紹介では「ミステリー」と書いてありましたが、そのジャンルではないです。叙述トリックのある恋愛小説。いや、「恋愛小説の体を成した叙述トリック小説」と言った方が正確でしょう。「ミステリー」というとやはり英語の意味につられ、奇妙さや怖さがあるように感じてしまいます。

この小説では殺人事件が起きるわけではなく、何か緊迫感のあるシーンが描かれるわけでもなく、私としては読んでいて退屈でした。ストーリーに意味がないというか、読んでいて得られるものがないというか。そのためか、サラサラ読めます。ストーリーにあまり興味が湧かないので。

面白くなるのは最後の2章。といっても最後の2章は短いのですが。これらの章からネタばらしが徐々に始まり、最後になってやっと面白くなってきます。本の紹介文にあった「最後から二つめのセリフ(絶対に先に読まないで!)で、本書はまったく違った物語に変貌してしまう。」というその箇所はネタバレの核心をなす箇所ですが、そのセリフで叙述トリックに気付くのではなく、ネタばらしはその前から始まっています。

紹介文のように「全く違った物語に変貌する」感覚は私は得られませんでした。というのも、「ちょっと展開が急だな」「何でこういう行動をするのかな」と気になってしまった部分がいろいろとあり、予想がついてしまいました。ちょっと展開が強引なのでしょう。最後から2つめの台詞を読んだ時、「あー、やっぱり」となってしまいました。

しかしこの小説は「ハサミ男」などのように完全に真実を明かすネタばらしをするのではなくて、ストーリーを理解するための「完全な(確定的な)」ヒントのようなものを最後から2つめの台詞で書いてあります。そのため、この小説を最後まで読んでも、もう一度読まないとストーリーの流れが理解できません

そこでもう一度最初から、伏線探しと共にストーリーの流れを理解するために読むことになります。そうすると段々とストーリーの時系列が分かってきます。それと共に、登場人物が何故あのような言葉を発したのか、何故あのような行動をしたのかという理由が分かって、ここでやっと「なるほどなぁ」と感心できました。

この小説は、まず著者が表現したい叙述トリックがあって、それを使うために恋愛小説にした、という印象で、叙述トリックは面白いのですがストーリー自体は楽しくなかったです。ちょっと強く言ってしまうと、ケータイ小説に近いものを感じました。『「ガッシ!ボカッ!」アタシは死んだ。スイーツ(笑)』ほどひどくはないですが、軽薄な恋愛模様が描かれています。

この小説の Kindle 版はあとがきや終わりの解説がなく、残念。特に解説を読みたかったです。何やらバブル期の用語の説明があるらしいです。私が気になったところは、今の高校生より若い世代の人達はこの小説に登場する電話のシステムが理解できないように思うこと。私でさえ「ナンバーディスプレイはあるの?ないの?」と気になってしまいました。

この小説は2004年に出版されたものですが、その頃には携帯電話はもうあったので、この小説の時代設定はもっと前ということになります。この小説の当時には当然だと思われていたシステムは今では既に無く、それよりも進化しているので、後世になればなるほどこの小説が理解できなくなっていってしまいます。登場する役者や音楽アーティストの名前も古いです。

ネタバレを含めて

(ここから下はネタバレが含まれるので読むのには注意してください。核心に迫るネタバレはしていないものの、散りばめられた事実が頭に残っていると小説を読んだ時にトリックに気付く確率が高まってしまいます。)

まったく女性というのは怖いです。「女性は生まれながらにして女優である」という誰が言ったか分からない言葉がありますが、まさにそれ。女性は平然と利己的な行動をやってのけます。やはり男性の方が純真なのでしょうね。この小説を再読した時、女性の計算高さに驚きました。実のところ、ストーリー序盤で純真な男性の自己紹介を受けたとき、女性の計算がもう始まっているのです。お、恐ろしい。

男性が財布を無くす場面がありますが、ここすら怪しいものです。この伏線は回収されなかったものの、もしかすると…と容易に想像できてしまいます。男として本当に苛立たしいのは、登場人物の男性と女性が愛を体で表現する場面。「正真正銘、初めて」だと正直に告白する男性に対し、女性が言った言葉は「私も男の人にこんなふうに触られるの、初めて」です。うまい。その後、「私、今日のことは一生忘れないと思う。……初めての相手がたっくんで、本当に良かったと思う」。小説の時系列を理解できた後にこれらの台詞を読むと狡猾さに憤慨してしまいます。これらの台詞は確かに嘘ではありません。だからこそ不愉快であり、世の女性がうまい言い回しを如何に知っているかに戦々恐々としてしまいます。女性は怖い。

文章の叙述トリックとしてはぎりぎりの表現かなと思った箇所があります。それは「二人で初めてラブホテルに入った」という地の文。これ、ちょっと怪しい。初めてという副詞がどこに係るかという問題です。明らかにミスリードを誘っていますが、これが正しい文章と言えるか怪しいです。叙述トリックとは言えず、文章自体が間違っているから読み手も間違えるというもの。

本当の語順は、「初めて二人でラブホテルに入った」です。ただこう書いてしまうと読者がこの文でトリックに気付いてしまう可能性が大きいです。日本語は語順の規則が緩やかなのでそれを利用しているのでしょうが、「二人で初めてラブホテルに入った」という語順だと「初めて」は後ろの方に係ると思うのが普通の感覚でしょう。だから読者は「初めてのラブホテルに、二人で入ったのかー」と解釈してしまいます。

著者がこの小説で伝えたいのは世の男性へ向けた警鐘なのかもしれません。「女性に注意せよ。外見で判断するな。嘘を見抜け」。女性の裏の顔を描いているので著者「乾 くるみ」さんは女性かと思っていたら男性のようです。となると、著者は女性に何か嫌な経験があるのかも。

ただ、ここで私の好きなルパン三世の台詞を持ってくると、「嘘は女のアクセサリー」らしいですよ。女性がそこまでの包容力を男性に求めるのはさすがに酷です。私はそこに言葉を加えたいです。「ただし美女に限る」

結局「イニシエーション・ラブ」というタイトルは私には理解できませんでした。イニシエーションとしての恋愛ならば理解できますが、主要人物の女性と「イニシエーション」の関連性が分かりません。

「イニシエーション・ラブ」ではなく、私は「イミテーション・ラブ」の方が小説の内容をうまく表現していると思います。でも直球なのでタイトルで叙述トリックがばれるという…

乾 くるみ / 文藝春秋 (2012/9/20)