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世界のことを知りたい

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死体愛好者による犯行をつぶさに描写する『殺戮にいたる病』

我孫子武丸 / 講談社 (2013/10/11)

「かまいたちの夜」というゲームのシナリオライターとして知った我孫子武丸さんのサイコ・ホラー小説。実はこれをミステリー小説かと思って読んだのですが、どうやら様子がおかしく、少なくとも推理がメインであるとは言えません。出版社は「サイコ・ホラー小説」に分類しているようです。

しかし、書いてしまって良いのか分からないのですが、叙述トリックが存在します。これがあるので、ある意味ミステリー小説というジャンルに片足を突っ込んだような状態になっています。この小説は叙述ミステリーですね。ちなみに、この小説のタイトルは思想家セーレン・キルケゴールの著書「死に至る病」に掛けているようです。小説中でキルケゴールの言葉の引用があります。

ストーリーを見る視点は3つ。退職した元警部、犯人、犯人の家族の主婦(母親)。それぞれの視点はストーリーの時間の流れと噛み合わずに、時間的に前後しています。1ヶ月前のことや現在のことが同じ章に入っていて、頭の中でストーリーの流れを構築するのが少し大変でした。元警部の視点はストーリーの流れと時間が合っていて、これを軸にすると他の視点の話がいつのことなのかを捉えられます。

ストーリー上、犯人はネクロファイル(ネクロフィリアという言葉の方が一般的)、つまり死体愛好者だろうと分析されます。犯人の視点では気に入った女性を得意の笑顔でひっかけ、ホテルへ連れ込み、首を絞めて殺し、その後セックスをする。この場面は細かく描かれていて、18歳未満には刺激が強そうなので年齢制限があってもおかしくありません。犯人はこのような犯行を繰り返します。

常軌を逸した犯人の考えや行動を読まなくてはならず、かなりグロテスクです。胸を切り取る場面があるのですが、どうして胸を切り取るのかもしっかりと書かれています。犯人にとっては理にかなっている行動らしいのですが、私にとっては何がなにやら。切り取った胸で何をするのかまでも描かれており、この時点で「どうやら倒錯もののミステリー小説ではなさそうだ」と気付きました。「かまいたちの夜」のようなストーリーを想像していたので、それと比べると驚くほど陰鬱です

小説の終盤では元警部がどんどん犯人に近づいていきます。緊張感があってドキドキ。この辺りから徐々に叙述トリックのネタばらしが始まります。書かれた文章と、頭の中で作ったこれまでの流れとの整合性がとれず「どうなってるの?」と強烈な違和感を与えてくれます。そして最後に一連の事件のニュース報道が書かれ、小説が終了。この時にやっと叙述トリックでミスリードされた部分の答えが分かります。

ちょっと消化不良だったのは、事件が解決した後の話などが無いこと。ただこの小説は「エピローグ」から始まりますので、その部分が少しの後日談になってはいます。これを最後にもう一度読むと小説が完全に終わりを迎えます。

あまり気を張らずにただ文章を読んでいくと、この小説の叙述トリックに騙されてしまうでしょう。読者は犯人の視点でもストーリーを見ることができるので事件を推理する必要が無く、元警部がいつ犯人にたどり着けるのかに注意がいってしまい、推理はそっちのけになりがち。それに最後まで読むと、フェアな叙述トリックとは言い切れません。ネタバレになってしまうので書きませんが、読者への情報が足りません。騙されて当然でしょう。

最後まで読んで何が起きていたのかが分かっても違和感を覚えるのは、犯人がする女性へのナンパ。女性は簡単にホテルへ連れ込まれてしまいます。そんなにうまくいくものなのでしょうか。年が離れた女性がこうも簡単に気を許すとは。犯人の顔と笑顔がそんなに魅力的だったのでしょうか。

作者の考えか分かりませんが、女性がちょっと頭が緩いように描かれています。それを示すものとしてナンパの場面以外にも、犯人の犯行に邪魔が入る場面も少しおかしいです。ホテルへ連れ込まれた女性は「こいつが犯人だ」と知っていてどうしてベッドで横になっているのでしょう…。そもそもホテルへ行く前に走って逃げても良かったはずです。この世界には携帯電話が無いようなので、警察と連絡が取りにくいのは理解できますが。

犯人の家族の主婦は良い味を出しています。「息子が犯人かも…」という疑念を徐々に強くしていくのですが、「私のあの大人しい息子がそんなことをするはずがない」として問題を直視しようとしません。それと同時に保身的で、「もし息子が犯人なら私たち家族が困る」と考えます。こういう人は多いかもしれません。ストーリーの構成上、この主婦は重要な役なのですが、この主婦の描写でも少し女性蔑視の感があります。

全体的には残虐さの描写は細かいのですが、ドラマ性が少なく、読んでいてストーリーに引き込まれませんでした。終盤は緊張感があるのですが、そこまでは少々淡々としている感があるのは否めません。叙述トリックとドラマ性が両立している小説はなかなか無いのかもしれません。「ハサミ男」はその点は良かったのですが。

この小説で勉強になったのは、「インポテンツはインテリがなる」という部分。これが正しいのかは知りませんが、記憶には残りました。

我孫子武丸 / 講談社 (2013/10/11)