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心臓にグサリと突き刺さる辛さ『火花』

又吉直樹(著)
文藝春秋 (2017/2/10)

話題になった「火花」をやっと読みました。この小説は賛否両論あるのですが、私は読んでいて辛かった…。

大地を震わす和太鼓の律動に、甲高く鋭い笛の音が重なり響いていた。熱海湾に面した沿道は白昼の激しい陽射しの名残りを夜 気で溶かし、浴衣姿の男女や家族連れの草履に踏ませながら賑わっている。沿道の脇にある小さな空間に、裏返しにされた黄色いビールケースがいくつか並べら れ、その上にベニヤ板を数枚重ねただけの簡易な舞台の上で、僕達は花火大会の会場を目指し歩いて行く人達に向けて漫才を披露していた。

小説はこの出だしから始まります。このような文学的な表現が続くのかと思いきや、他は読みやすいです。

物語の主人公は芸人で有名になろうとしていて、出会った先輩とお笑い論を交わしながら時間が進んでいきます。先輩は面白さってこういうものだよねと自分の信念を貫きます。主人公はそのまっすぐさに惹かれていきます。

しかし人生は厳しく、主人公は後輩の方が有名になってしまうし、先輩も有名になれず…。先輩は借金もしてしまう。夢を追ってもその夢を掴みとれないつらさに共感してしまいました。著者の又吉直樹さんはお笑い芸人なので、そういう人をたくさん見てきたのでしょう。その経験がリアルさの手助けしています。

小説全体で辛さを表現してあるかのように、次から次へと辛いことが続きます。これを「この小説を読んで泣きました」と言ってしまえる人が羨ましいで す。私にとってはそのような軽い「泣ける」ものではなく、心臓にグサリと突き刺さる辛さです。涙が出るというより体が重くなる辛さ。

終盤はショッキングです。ここまで闇の方向へ進ませる必要があったのかと言いたくなるほど。ただ違和感を持ったのは、終盤は先輩の魅力が幻滅するこ と。私は終盤から終わりにかけてはよく状況が掴めませんでした。突拍子もなく、ついて行けません。この部分はバッサリとなくしてしまった方が綺麗な終わり 方だったかもしれません。辛さだけが残ります。

純文学というと、私はあの心の描写が多い小説ね、という程度の理解度なのですが、この小説も心理描写は丁寧でした。自分に対する苛立ち、先輩に対す る怖れ。先輩は魅力的だけど、主人公には辿り着けない境地にある。しかしその境地は、一般には理解されないだろうと主人公は理解しています。芸人として人 気と笑いが欲しいため、先輩の理念には憧れるが近づけない。

もう想像通りの悪い方向へ進んでいくため、読み進めるのが辛かった…。これを読むと芸人に対する意識が変わってしまいます。テレビでバラエティ番組を見ても素直に笑えなくなります。華やかさの裏側はこうなのでしょうね。読まない方が良かったのかも。サクセスストーリーの小説が多い中、そういうものとは無縁です。

私としては又吉直樹さんには芸人のこと以外を表現した小説をお願いしたいところです。芸人の話はどうしてもお笑い論や芸人に関することになってしま うのは分かりますが、「火花」はその部分の描写が多くてちょっとくどいです。自らが所属する場所を離れた物語をどのように表現するのか読んでみたいです。

又吉直樹(著)
文藝春秋 (2017/2/10)