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読書習慣を付けたい。…マンガも本だよね?

「グロ」「ホラー」は「リアル」を表現した結果。最近流行りのサバイバル・パニック・ホラーが40年以上前に『漂流教室』


[まとめ買い] 漂流教室〔文庫版〕(小学館文庫)

「漫道コバヤシ」という、漫画の作者本人とケンドーコバヤシさんが対談するテレビ番組で楳図かずおさんが登場し、その中で語られていた「漂流教室」に興味を持ちました。

「漂流教室」という名前は私も聞いたことがありました。ドラマのタイトルだったと思いますが、見ていません。私はドラマを全然見ません。

「漫道コバヤシ」の中では「漂流教室」は学校が舞台のサバイバルものであること、タイムリープものであることが話され、「えっ、これ私の好きなジャンルそのものじゃん!」と驚きました。

漂流教室は1972年から連載されたマンガなのです! 最近流行っているこの系統のジャンル(サバイバル・パニック・ホラー)は楳図かずおによって40年以上も前に描かれていたのです

これにさらにタイムリープも入ってきていて「すごい!」の一言。

ということで、一気に読んでみました。

作中ずっと続く「家に帰りたい」パニック

まず始めに主人公の日常と、母親とのケンカのシーンが描かれます。

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この前日、小学校6年生の主人公は母親に腕時計をプレゼントしようとお小遣いを貯めて買ったのですが、それを落として車に轢かれ壊れてしまいます。家に帰ると母親に帰りが遅いと怒られ、「あのお金でおもちゃを買えば良かった…」と後悔。

次の日の朝、母親に起こしてもらえずケンカ。その上、引き出しに入れておいた自分の大切なものを母親に勝手に捨てられ、主人公が激怒。「もう家には帰らない!」と言って学校に出かけます。

このシーンがものすごい「あるある」です。人間なかなかうまく行かないものです。主人公は「もう家には帰らない」と言いつつも学校が終わったら家には帰るのでしょう。頭では当然「家には帰れる」と思って母親に強く出ました。

しかし本当に帰れなくなってしまいます。

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大きな地震と共に主人公の行っている小学校に異変が起きます。周囲が砂漠に。すぐにみんな「家に帰りたい」「親に会いたい」とパニックになりますが、何が起きたか分からず危険で、教師が一生懸命に落ち着かせようとします。

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ここにリアル感があります。やはり小学生ですから、家に帰りたいでしょう。でも学校の外に出たら危険で、たぶん学校の周りにはもう何もない。頭では分かっているがみんなパニック。

主人公はちょっと大人びていて、このようなパニックにもかかわらずリーダーシップをとります。小学校6年生です。私なら無理です。クラスの人や低学年を必死に落ち着かせようとします。

主人公の母親からの視点も度々挟まれます。現実世界では学校だけがなくなっており、母親の「あの時は言い過ぎたわ」という後悔がずっと続いてしまいます。

大人もたいしたことない

電話も繋がらず、テレビも映らず、そもそも電気もなく、外は砂漠で、どうやら帰れないらしいとみんな分かってきます。となると、重要なのが食料。

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騒動が始まる前にたまたま学校にパンを持ってきていた給食屋の関谷が食料を独り占め。反対する人を殺していきます。

大人になってみれば分かりますが、教師だって人間ですからそんなものですよね。このマンガを子供の時に読むと衝撃かもしれません。教師は生徒の味方だという感覚が少しはあるでしょうから。本来はそうでなければならないとは思いますが、現実はまあ…。

このマンガに登場する大人は本当に頼りない。先におかしくなってしまうのは大人の方です。ここに作者の考えが垣間見えます。

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「大人の考えは理屈で凝り固まっていて、柔軟な発想ができない」。このマンガが描かれた当時は「そんなこの世にありもしないことを」という文句がよくあったのかもしれません。

小学六年生の主人公から発せられる言葉としてはかなり高度な内容ですが、作者にはこのような想いがあったのでしょう。このマンガでは大人は自己本位な性格に描かれています。

給食屋の関谷は特に自分本位です。

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自分が助かればどうでもいい。これはサバイバルものにはよくあるシーンです。一緒に何かから逃げるシーンで人間の本性が現れます。でも関谷を責められません。人間みんな自分が助かりたいですから。むしろ立ち向かっていく方がおかしい。

ペストのシーンがお気に入り

小学生達がサバイバル生活を進めていく中で、様々な困難が矢継ぎ早に起きるのですが、私のお気に入りはペストのシーンです。

このマンガでは日にちの経過がよく分からないのですが、私はずっとトイレや水を心配していました。資源は学校にあるものしかないのですから、すぐに水が足りなくなります。

水に対してのシーンはあまり描かれません。トイレも。始め学校の中にいた人の数は大人も合わせて862人ですよ。このあたりは楳図かずおさんの詰めがちょっと甘かったですね。半分の人が死んだとしても400人いると食料も水もすぐに無くなってしまいます。

またその水も衛生的ではない。プールの水を見つけて喜ぶシーンがありますが、私は水が衛生的ではないだろうと気になっていました。

そのちょっと後でペストを発症する事件が起きます。黒い斑点を見て「ペストだ!」と判断した小学生がいました。そう判断できることがすごいのですが。

このシーンで「ペストの人がプールに落ちてしまったから、水も安全ではない」と衛生面のことに触れられます。衛生面に触れてくれて安心しました。

ここからペスト狩りが起きます。

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ペストに感染してしまいますから、菌をもっている人を隔離して燃やすのです。もうパニック。サバイバル所ではありません。このままでは一斉にみんな死んでしまいます。

ペストになった人を見てから隔離を始めるのですが、それはたぶんもう遅いです。そう突っ込みを入れつつ、この場面では人間こんなものでしょう。私は水について触れてくれて満足しました。

「グロ」「ホラー」ではなく「リアル」な表現

私は楳図かずおのマンガというと「グロ」「ホラー」ばかりを想像していました。このマンガでも殺したり、首や四肢がちぎれたり、高所から落ちたり、大きな虫が登場したりというシーンは多いです。

確かに普通のマンガと比較するとグロくホラーなマンガだと思いますが、このマンガを読むと「グロ」「ホラー」というよりも「よりリアルに描いている」のだと感じます。

人間が死ぬシーンをリアルに描いた結果、グロになる訳です。なのでグロを描こうと思ってグロくしている訳ではなく、リアルに描こうと思っているのではないでしょうか。

自分が生き延びるために嘘をつく人をリアルに描くと精神的なホラーになります。「漂流教室」はそちらのホラーです。

楳図かずおさんの他の作品ではグロやホラーを前面に押し出したものもありますが、「漂流教室」はそのジャンルに括られてしまうのはもったいないです。

私が想像したよりも「漂流教室」はグロくなく、ホラーでもなく、ストーリーに集中できました。

色々詰め込んであって描写足らず

このマンガでは色々な要素がつぎ込んであります。ちょっと要素が多すぎです。サバイバルする中での人間関係とか、リーダーシップの話とかそのあたりもちょっと描写が足りないように思います。

色々と表現したいことが多くて駆け足で表現してしまっています。愛、巨大な虫、放射線、学校の周りの環境の事、植物、人類がどうなったか、変異、タイムリープなど、色々と登場しますが、登場させるならもっと深く掘り下げて欲しかったものがたくさんあります。全11巻(文庫版全6巻)では足りません。

「漂流教室」では「母親の愛」がかなりのページを割いて表現されています。タイムリープの仕組みを使った親子のやりとりは見事です。ここをもう少しうまく利用すればそれだけで他のマンガが書けます。

これが1972年のマンガですか。昔の漫画だからと言って色あせていません。今読んでも十分楽しめます。最近の漫画と比べると動きの絵の描写が少しぎこちないですが、それ以外は最近の漫画と比べても遜色ありません。

あと気になったのは、叫んでるシーンの多さ。みんな常に叫んでいます。台詞を包む枠がほとんどギザギザです。静かに話すシーンが少なすぎて驚きです。

「漂流教室」は表現したいことがあって、それがマンガになっていると感じました。学校だけがタイムリープするという設定はどこから思いついたのでしょう。


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