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事件現場に残された証拠と知識と推理が見事に結びつく『ボーン・コレクター』

ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋 (2003/5/10)
ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋 (2003/5/10)

ミステリー小説好きには有名な小説らしい「ボーン・コレクター」を読了。映画にもなっているらしいです。

主人公のリンカーン・ライムは脊椎を損傷し、顔と薬指しか動かない。そんな彼がベッドから指揮を執りながら事件を解決するという推理小説。リンカーン・ライムは犯罪学の権威で、現場に残された小さな証拠から犯人の行動を割り出します。

科学捜査というものが最近ドラマなどで少し流行っているような気がしますが、私が想像している科学捜査よりもこの小説では手法が高度で、感心してしまいました。証拠と知識と推理が見事に融合します。単なる「知識」ではなく、「教養」を強く感じました。

犯罪学者とはまさにルネッサンス的教養人だ。 [第2部 11章]

事件の犯人は被害者のそばに次の被害者に関する情報を、わざと少し残します。それをリンカーン・ライムが分析して推理し、次に起こる被害を防ごうとする、犯人と主人公の追いかけっこです。ここがこの小説の見所でしょう。

例えば犯人が事件現場に残した砂を解析し、こんな推理をします。

「微量の塵が混じっている。黒土、微量の石英、長石、雲母。葉や腐植はないに等しい。それから、ベントナイトらしきかけらが少量」 「ベントナイトか」ライムは楽しげに言った。「火山灰の一種だ。建設会社は、市内でも岩盤が地中深くにある水気の多い地域で基礎を掘るとき、スラリーにベントナイトを混ぜる。陥没防止効果があるんだ。つまり、お目当ての現場は海の近く、おそらく三十七丁目より南部の地域だ。三十七丁目よりも北では、岩盤がはるかに地表に近いから、スラリー工法は使わない」

この小説でなるほどと勉強になったことも多々あります。

最新の製法で精製されたガソリンは、製油会社独自の染料と添加剤が混ぜこまれているため、犯人が購入したガソリンスタンドのタンク内で、異なる混合比で生産されたガソリンが混じり合っていなければ、販売元を一会社に絞りこむことができる。

とか、

「指紋は、接触から九十分以内であればヒトの皮膚からも検出可能である[上巻第2部ロカールの原則参照]が、頭髪から潜在指紋を検出復元できた例は、過去に一例もない」リンカーン・ライム著『証拠物件』第四版[一九九四年、ニューヨーク、フォレンジック・プレス刊]

など。犯人に触られたら皮膚からは、急げばしっかりとした指紋を採取できるようです。この記述は本物の書籍からの引用なのかと一瞬勘違いしてしまいます。

ガスクロマトグラフや真空蒸着などという専門的な手法も登場し、こういうものを使って捜査するのかと勉強になります。筆者はこの小説を書くに当たって色々と調べたのでしょう。捜査の手法に説得力が出ています。科学捜査の部分は堪能しました。

この小説にはヒューマンドラマも含まれており、意外と色々なテーマが詰まっています。ちょっと詰め込みすぎな感もあります。四肢麻痺者のつらさ、失敗の後悔、恋愛、安楽死、FBI vs 地元警察。ちょっとめまぐるしさを覚えます。それに恋愛はちょっと軽いというか。恋愛に時間は関係ないとは言いますが…。

そして、私が期待していたようなサスペンスな事件は起こりませんでした。最近の私はサスペンス要素のあるものでないと楽しめなくなってしまいまして、ボーン・コレクターはその要素は少々弱いです。

被害者が死んでしまうまでのカウントダウンは存在しますが、淡々としています。この本の紹介には「ジェットコースター・サスペンスの王道」と書かれていますが、私は緩やかな滑り台程度に感じました。あと捜査以外の部分、犯人の動機もちょっと弱いです。

全体的には科学捜査の部分は大いに楽しめましたが、ミステリー小説としてはあまり楽しめませんでした。アガサ・クリスティの推理小説や叙述トリック型の小説と違って、この「ボーン・コレクター」では読者は推理に参加できません。推理が行われるのを見ていく受動的な推理小説でした。

ただ科学捜査の説得力は大したもので、人気があるのは分かります。捜査の説明も丁寧で、犯人について分かったことについて表にしてくれ、されに新しく情報を追加してその表を更新していってくれます。サスペンスなどどうでも良いならもっと高評価になるでしょう。

ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋 (2003/5/10)
ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋 (2003/5/10)