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監視社会と下等生物への警鐘『新世界より』

貴志祐介 / 講談社 (2012/9/28)

「新世界より」の文庫版は上中下の三巻(Kindle 版を購入)。読むのがなかなか大変なボリュームです。最初は終わりまで読めるか心配だったのですが、上巻の中盤あたりから緊迫した場面が続き、飽きることなく楽しめました。貴志祐介さんによる小説というホラーのイメージがありますが、この小説は SF 小説です。

舞台は1000年後の日本。人間は「呪力」というサイコキネシスを身につけました。呪力はものすごく強大で、人間一人の呪力は核兵器と同等だと考えられています。そのため、呪力で何か事件が起きてしまうのを怖れた大人たちによって、あらゆる情報・行動が統制されています。この小説はそういう世界に生きる子供の視点から書かれています。

未来の話ですが文明は今の世界よりも退化しています。呪力によってあらゆることができてしまうので、科学技術が必要なくなってきています。呪力は何かを移動させるだけではなく、火をおこしたり、何かを組み合わせて作ったりすることができます。なので電気がほとんど必要ありません。主人公たちが住む町は昔の日本の町並みを想像させます。それに情報統制されているので、特に子供は今ほど科学について知りません。

上巻では、最初は「自分たちが統制されている」と気づかない主人公たちが、知ってはいけない情報を得てしまい、何かおかしいぞと気づき始めるところが面白いです。たまに一緒にいたクラスメイトがいなくなるけれど、みんな気付かない。主人公でさえも。いなくなったクラスメイトの記憶がぽっかりとなくなります。でもみんなぼんやりと違和感を感じるようで、子供たちの噂として「ネコダマシに連れていかれる」という怪談が存在します。こういう狭い町の中での不気味さが私は好きなので、このようなストーリーなら興味を持って読めます。

なお、人間は町の外にいる「バケネズミ」という、人間の子供から大人の大きさほどまである、大きなネズミたちを従えています。バケネズミたちは人間を神様として服従しています。バケネズミは少数の頭のいい個体だけが人間の言葉を話すことができ、人間とのコミュニケーションはその少数の個体を通して行います。

主人公たちはバケネズミと対話し、彼らの狡猾さに気付きます。彼らは自分たちのコロニーを大きくしていくために、周りのバケネズミのコロニーと絶えず戦っている。彼らは人間からもらった囲碁の入門書で戦争の戦略を立てているらしいです。ここでは「そんなもので戦略を立てているのか」と見下してしまうのですが、彼らの戦略には目を見張るものがありました。主人公たちは彼らに簡単に利用されてしまいます。

この小説は主に統制(監視社会)とバケネズミ(人間が下等だと見下している生物)がテーマになっています。監視社会がテーマだと、たいていの場合、監視は窮屈だという話になってしまいますが、この小説では違います。監視を必要とさせている原因である呪力の便利さが体に染みつき、呪力を捨てられない人間たちは、どうしても監視を続けなければならない状況にあります。監視をやめるという選択肢がないのです。監視を止めるときは呪力を捨てるときです。なお、バケネズミについては少しでも語るとネタバレになってしまうためここでは書くのを避けます。

ストーリーを追っていくのは面白かったのですが、一連の事件が終わった後のエピローグは少し不満でした。驚異はなくなりましたが、構造的にはほとんどが解決していません。何かいい手を考えないと、この窮屈な監視社会から逃れられません。この意味ではこの小説は大団円ではないです。読み終わった後の爽快感はあまり感じられませんでした。テーマへの警鐘だけで終わってしまい、解決策が示されていません。

また、私は異文化間のコミュニケーションへの警鐘も含まれていると思います。異文化の人とコミュニケーションをしたい時に母語が違うと、相手がこちらに合わせてこちらの言語を学習してくれる場合があります。この場合はこちらは楽ですが、こちら側だけが相手の言語を知らないとどういうことが起こり得るのか…。中国で事業をしようと進出した日本人にこういうことがあったと聞いたので、やはり相手の言語を少しでも知っておきたいところです。

アニメ版と比べて

実はこの小説を読むずいぶん前に、アニメ版の「新世界より」を見ました。それとこの小説を比べると、私としてはアニメ版の方が優れているように感じます。というのは、小説だと主人公が着ている服、住んでいる家さえもほとんど描写されないので、どのような空間にいるのか読者が空想するしかありません。この点、アニメ版はここも描かれています。アニメ化に当たって著者と話し合ったでしょうから、アニメ版の映像が著者のイメージと大きくずれていることはないでしょう。

それに、小説の方がより細かく説明しているという場面が少ないです。アニメ版でも十分に分かります。小説の方が分かりやすいのは、バケネズミのコロニーについてとミノシロモドキという生物について、自分たちの周りにある町の存在についての描写だけ。小説をアニメにすると、多くの場合は「原作の方がいいよ」となりますが、今回はアニメ版の方が世界が分かりやすいです。丁寧にアニメ化されたとも言えます。

貴志祐介 / 講談社 (2012/9/28)