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初めての本格派推理小説『十角館の殺人』

綾辻行人 / 講談社 (2013/4/19)

はじめに書いておきますと、この小説は推理小説なのでもちろんここでは大きなネタバレはしません。

この小説は「新本格ミステリ」という分類に属するようで、さらにそのジャンルの走りの存在であるらしい。ここに驚きが。Wikipedia を読んで「フェアな推理小説」を本格派と言うとあったので、本格派推理小説には「叙述トリック」が無いと思っていました。

本格派推理小説 - Wikipedia

本格派推理小説(ほんかくはすいりしょうせつ)は、推理小説のジャンルの一つ。推理小説のなかではもっとも一般的でかつ古典的なジャンルである。事件の手がかりをすべてフェアな形で作品中で示し、それと同じ情報をもとに登場人物(広義の探偵)が真相を導き出す形のもの。第二次世界大戦前の日本では、「本格」以外のものは「変格」というジャンルに分類された。なお、本格という呼び方は日本独自のもので、欧米ではパズラーや上述のフーダニットと称される。

本格であるためには、解決の論理性だけではなく手がかりが全て示されること、地の文に虚偽を書かないことが要求される(わざと決定的な事実を明示せず曖昧に表現したり、登場人物の視点から登場人物自身の誤解を記述するのは問題がない)。たとえば、ある作品では列車に乗り合わせた子供の性別が問題になるが、題名にも地の文にも「男の子」「女の子」といった記述は一切なく、伏線として子供の振るまい(特定の玩具に興味を示す)が記述されている。作家はそれが伏線であることを隠蔽する努力も怠っていない。ただし、現代の視点では、ポーの「モルグ街の殺人」には若干アンフェアな記述がある他、アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』はフェアかアンフェアかについて、有識者の間で議論を醸した。

本格推理小説というものを知らなかったので、このジャンルは起こった事件の情報を読者に細かく伝え、「これで事件を解けるヒントを十分に与えた。さあ解いてみよ」という推理ゲームが本格派推理小説かと思っていました。「フェア」とは、「わざと決定的な事実を明示せず曖昧に表現したり、登場人物の視点から登場人物自身の誤解を記述する」という事が無いものかと、そして「叙述トリック」はフェアでは無いと思っていました。

でも「叙述トリック」はフェアなものらしく、本格派推理小説にも含まれているようです。まあこの意味での「フェアな」情報を与えられたとしても私には事件はたぶん解けないでしょう。でも下手ながらも少し挑戦したい。そう、挑戦し続けるのが人間です。

というわけで、この小説では読者をミスリードさせるような部分が多々あります。叙述トリックに「引っかからないぞ」と意気込んで読んだのですが、読み終えてみると見事に引っかかっていました。

なお、小説中のある一文で事件の犯人が明かされるので、Amazon でのコメントではこれを「あの一文」として多くのレビューコメントで言及されています。レビューの多くは「あの一文にもの凄く驚きました。最高。」というものですが、私はそんなに驚けませんでした。

不満点

なぜ驚けなかったかというと、事件中に犯人から示された情報を疑いなく受け取ると、読者は犯人を 50% の確率で当てられるようになっているから、という理由が大きいです。確かに犯人には驚きはしましたが、そこまで大きくは驚けませんでした。

その他にも不満点が色々とあります。そもそも今回の事件は、大学のミステリー研究会に属する7人の人々が合宿を行った離島で起きますが、自分たちの身の回りで何か事件が起きれば当然その研究会に所属する者としては事件を解こうとするのが当然なはず。ミステリーは解きたいはずです。

不思議なのは、この中の一人だけが探偵役を買って推理し、周りの人達はあまりその推理に参加しようとしない事。推理小説には「探偵役」を一人登場させるのが定石らしいので、一人だけが探偵役になって読者に伝えるというのは構成上しかたないのかもしれませんが、ミステリー研究会に所属する人達が自分でも犯人を推理をして考えを示さないのはちょっと違和感があります

そして事件終盤、探偵役が自身で考えた推理を展開し、他の可能性を考えずに「これしか無い」と言い切るのにも違和感が。この部分は「所詮、ミステリー研究会の所属していても、自分でも推理小説を書いていても、探偵にはなれない」という皮肉なのでしょうか。

事件中は、大まかに言うと「内部犯なのか、外部犯なのか」で読者、それと事件に遭遇した当事者達は犯人の推理を揺れ動かされます。ここでも不思議なのは、こうして内部犯の可能性もあるとして行動している時に、登場人物たちが他人の作ったものを食べること。この事は後になってからやっと話し合われます。

ミステリー研究会の面々なら小説でこういう事態を疑似体験しているはずなので、事前に話し合って全員が納得するような方法でこうしようと決めておけばいいのに。頭が良いのか悪いのか、冷静なのかそうでは無いのかよく分かりません。小説中の言葉を借りるなら、「知的では無い」。

さらに言うと、犯行が行われている時と犯人の移動時に、その音で周りの人が気付かないのも不思議。その時はみんな眠っているから、または眠っていなくても幻聴かと思ってしまうから、という理由も分からなくはないのですが、内部犯がいるかもという状況下ではあまり眠らずに音には特に注意を傾けるのが当然なのでは。鍵を掛けて眠っていたはずの人物が殺されているのだから、鍵を掛けていても不安なはず。複数人が変な音を聞いたと言えば、その音が幻聴では無く実際に聞こえていたと分かります。

そして、犯人の動機付けが甘いのも不満でした。犯人は明らかに復讐心から犯行に及びます。しかし、復讐の矛先が果たして適当か、という疑問が生じてしまうほど、そのあたりは描かれていません。犯人の悲しみには共感できる部分もありますが、冷静だとして描かれている犯人にはちょっとそぐわない行動のように思えます。

ここだけは完全なネタバレになりますが、死亡に疑問が生じた箇所があります。それは[灰色文字] 口紅に塗られた毒で死ぬ場面です。青酸カリが塗られた口紅を唇に塗っただけで果たしてそんなにすぐ死ぬのでしょうか。ちょっと検索してみると面白いことが分かりました。

解説:自然食品への理解 いかに青酸の毒性が強いと思われているか、を示す例があります。ある推理作家が、口紅に青酸カリを塗り付けて殺人を行う、というトリックを考えました。私はこのトリックが成り立つのかが気になり、化粧品会社に就職している卒業生に口紅の使用量を問い合わせたところ、平均使用量は一回15~30㎎とのことでした。青酸は確かに猛毒ですが、致死量は青酸で約60㎎、有名な青酸カリで約200㎎です。とても無理なトリックです。

一応 Wikipedia でも青酸カリを調べると、大体 "150mg~300mg/人" が致死量だと書いてあります。それでもまあ致死量が塗られていたとしましょう。その時でも、唇から青酸カリが吸収されるまでに時間が掛かるはずです。たぶん段々と具合が悪くなっていく感じなのではないでしょうか。そしてその時に本人は唇の異常が分かるのではないでしょうか。

もしそうなら誰かに気付いて貰うために何か音を立てられるかもしれません。それとも本当に一瞬で倒れ、何も出来ないのでしょうか…。とりあえず、"名探偵コナン" のコナン君が「ペロッ。これは青酸カリ!」と美味しく舐めた程度では致死量では無いというのは分かって良かったです。味はあるのかな?

おわり

新本格派推理小説というジャンルの小説を初めて読みました。この小説は事件を推理するのが目的であって、それ以外の部分が省かれているように感じます。人の感情や行動の理由などなど、あまり描かれない事が多く、淡々と事件が起きていたという印象。確かに「犯人がこの人だったのか」「こうやって犯行に及んだのか」と意外性はありましたが、それだけしか心に残ることがありませんでした。

貴志祐介さんの「天使の囀り」が本格派に属するのか、また推理小説なのかは分からないですが、あちらの小説は人物の感情や思考などが丁寧に描かれており、これから起きること、これからその人物が取る行動も予測できる程でした。それに勉強になることも含まれていたし、それぞれの登場人物の感情を理解や共感することが出来ました。緊迫感もあったし、読んでいて楽しかったです。

「十角館の殺人」を「天使の囀り」と比べてはいけないのかもしれませんが、一体何が起きているかと考えをめぐらせるのはどちらも同じ。事件の真相を追い求めます。「天使の囀り」は読んだ後にカタルシスを得られ、その上少し感動的だったりするのですが、「十角館の殺人」は読書後に心に何も残りませんでした。単に推理をしたい人はこれでも良いのかもしれないですが。

そんなわけで、どうやら私は推理小説が好きなのでは無くて、謎の真相を追求し、緊迫感があるサスペンスが含まれ、最後にはカタルシスを得られる小説が好きなようです。でもこれで推理小説を見限ることはしません。既に購入した幾つかの推理小説を読んでから判断し、それでも推理小説がつまらなかったなら、それからは「サスペンス」という紹介文がある小説のみを買おうと思います。「ミステリー」という言葉は意味の幅が大きすぎます。

ちなみに、私はこの小説の Kindle 版を購入しました。後で分かったのですが、どうやら「解説」「あとがき」が Kindle 版には存在しないようです。これらは読書後の楽しみの一つなので残念。「あとがき」には、アガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」とこの小説の関連のことなどが書かれているらしいです。出版社か印刷業界か分かりませんが、こういうところで電子書籍をいじめないで欲しいところです。

綾辻行人 / 講談社 (2013/4/19)